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■ 第1章 騎士試験


「やっと、着いたか…」バーンは思わず本音を漏らした。
少年は騎士を目指すべく、数ヶ月と言う慣れない船旅を経て、王都ERUNIAの地を踏みしめた。
「金があればTUUREに出て客船で数日だったのにな」
ぶつぶつと言いながらも、夕暮れに染まるERUNIAを眺めた。建物が乱立し、それぞれ、もしくは単独で無数の、色とりどりの球体に目を奪われた。それは夕日を反射し、地上にばら撒かれた宝石のようであった。
「綺麗だな…」
港から海を眺める。
島で育ったバーンにとって見慣れない風景だった。
1000年前と言われている悪夢の傷跡が、今もまだ、この国の中心にあると言われるが…にわかに信じられない景色であった。

バーンを港まで運んで切れた船員が「騎士の試験受けるのだろう?王都にはまだ馬車でも1日はかかる。まずは宿を取ったほうがいい」と教えてくれた。礼を言うと、バーンは母ハンナから預かった金を握り、すなおに宿を探すべく港を後にした。

 

数日後から騎士試験が始まる。
騎士になれば故郷の母ハンナに楽をさせられるし、上手くいけば一応の貴族階級での国籍を取得することもできる。まぁ…あのハンナが故郷を離れる事など想像しにくいが…。
どちらにせよ、稼ぎがあって困るものではない。
島での生活はそれなりに楽しかったが、剣の稽古を積んできた自分が試されるのも楽しみであった。

 

 

当日の朝、試験会場となるERUNIA城へ向かった。
途中、酒場から大きな物音と悲鳴が聞こえた。昼間から酒場がやっているのか。不思議にも思ったが、それも都会ならではか。と勝手に納得した。
昨日の夜から、今の今まで飲んでいたのであろうか。呂律も怪しい、しかし屈強な大男が、酒場の娘に酒を引っ掛けられたと、まくし立てている。
要するに、今の今まで飲んでいた分を無料にし、あまつさえ酒場の娘に手をだそうとしているのだ。見かねたバーンは、仲裁をすべく声をかけた。
決して酒場の娘が好みのタイプだったとか、そういう事ではない。偶然である。

「おい、あんた、その娘は嫌がってるじゃないか!」
バーンが言ったかと同時か、振り向き様に渾身の力で殴りかかってきた。
うわっ! 周りで見ていた人々はバーンに当たった物と思い込み、思わず声をあげた。
しかし、不意打ちだったのにも関わらず、バーンは紙一重でかわす。
「おいおい、言葉も知らないのか?故郷の熊だってうーだのうぉーだの言ったりするってーのに…」
先手を取ったはずの大男は思いもよらずかわされ、涼しい声で話すバーンに驚く。
しかし、一拍程度の間を置くと今度は体当たりをしてきた。バーンはこれも軽くかわすと手刀を首に叩きつけ、大男を気絶させた。

「ありがとうございます!大丈夫ですか?」
酒場の娘は美しかった。いやいや。そうでなくて。
「う、うん、多分死んでないと思うよ?熊の時はちゃんと生きていたし…」
「え??」
なんとなくかみ合わない。バーンは自分が緊張していることに気がついた。そういえば女の子と話した経験など、ほんの2,3回程度だった。
「えっ、ああ、ああ。俺なら大丈夫!試験前に大事にしたくないからそろそろ行くね!」と、バーンは顔がほてるのを隠しながらその場を後にした。

 

 

「見ておったぞ」
はじめは空耳かと思った。だが、違った。
木陰から白いローブに包まれた初老の男性が現れたのだった。
いかにも魔術師という風体の男は、ERUNIA王都の魔法研究所施設の紋章をローブの胸の位置につけており、一目で特別な者と認識させた。
世事に疎いバーンであったが、騎士試験を受けるに当たり、その紋章が何を意味しているか程度の知識はつけていた。
「お主、騎士の試験を受けるのか?」
「は、はい、で、でもさっきのは、困っている人が…」とバーン。言われて思い出した。ERUNIAの騎士になれば喧嘩の仲裁も仕事となる。が今はただの一市民だ。端から見れば素行不良な少年にも見れたであろう。試験を受ける前に王宮の関係者に悪い印象を与えることは避けたかった。
「フム…お主は若いのに随分と腕が立つようじゃ。先のことは黙っててやる」
「ありがとうございます!」
「ただし…一つだけ頼み事を聞いてはくれぬか?」
「頼みごと?」
「うむ、ワシはこれから急な研究の為に三ヶ月ほどこの地を留守にしなくてはいけなくてな。出来れば騎士に選ばれた際の祝賀の席にて、王に、このペンダントを渡してほしい」
「いや、待ってください」思わず拒んだ。いくらなんでも話しが唐突すぎる。
「騎士になれるとは限りませんし、そういったものは王様の側近の誰かに渡しておけばいいんじゃないですか?なぜ俺に?」
「今、丁度王は留守での。それにワシは城まで行っている時間がないのじゃ。主は騎士になれる。その位、見極める力量位は持ち合わせておる」
 気持ちが弾んだ。嘘や世辞にも聞こえたが、ハンナ以外の人間にまともにほめられとうれしい。
「あ、ありがとうございます。…そういう事なら引き受けたいと思います」
騒ぎを黙っていてもらう約束もあり、バーンは喜んで引き受けた。
「では、頼んだぞ!」
魔術師は、品物をバーンに託すと、港の方角に足を向けて去って行った。

 

 

試験会場に着くと、いかにも門兵という男たちがめんどくさそうに受付をしていた。
まだ一人受付をしている人物がいるのを見て、バーンは「良かった、間に合った」と安堵した。
受付に並ぶと、自分の前に並んでいる人物に違和感を覚えた。
背は小さく、エルフほどではないにしろ、耳先がとがっていた。子供?とも思ったがわざわざ顔を覗きこむのもどうかと思いその疑問は頭から打ち消した。
受付を終わった先客は、バーンに気付くと「よっ!間にあったな!俺が最後だと思ったが、他にもいたか」と笑みを見せた。
バーンは素直に聞いた。「騎士試験は…子供でも受けられるのか」
「俺は子供じゃねぇ」不快感を顕にするが、やはり、どこか子供に見える。
「俺はマール・バギンズ。ホビットだ。人間から見たら、そりゃ子供のように見えるだろうが、お前よりは歳を重ねてるってもんだぜ。腕も甘くみるなよ?」
「そ、そうだったのか、悪い。おれはバーン・スカイシーカー。よろしくなマール」
聞いたことはあった。だが、ホビットとという種族をバーンは初めて見た。
しかし、島での友人が熊や虎や鹿であったバーンには特に違和感が生まれなかった。
「おう!よろしくな!お前見たいな若い奴が志願してくるのは珍しい。騎士になれる、なれない以前に、試験を最後まで受けることができるかわからないが、ま、がんばりな」
子供のようなマールに、上から目線で若い奴扱いされ、今度は少し違和感を覚えた。
「慣れてるみたいだね?何度か試験を?」

「…察しろよ」

 

 

ホビットと言う種族は、元来エルフやドワーフ同様に、人類として扱われているが、人間、と言うよりは妖精や精霊などに近く、人間よりも多くの年月を生きることが出来る。
見かけも、マールの例外に漏れず、成人でも150cmに満たない者が多い。
耳先はエルフほど長くはないにしろ、尖っていて、少し毛深い以外は人間の子供に近い。
手先は器用で目も良い為、弓等を得意としたアーチャーや、近接の戦闘ではフィジカルを補うスピードとアジリティを活かした、グラスランナーと言った職種が多い。

マールもまた、弓も扱えば、近接戦闘ではククリ刀(短剣)の二刀流もこなした。試験会場で見せるその器用さは周囲を驚かせた。
受付での、甘く見るなと言う言葉は、決して嘘ではなかった。

ここまでの腕の持ち主が、騎士にはなれず、なぜ再度試験を受けにきているのだろう。バーンは(マールはよほど性格が悪いのかな。…それとも何か問題が…)と思わざる得なかった。
「おい!あんまり良いこと考えてないだろう!」マールが言った。
ぎくり、としながら誤魔化すように「なぁマール、騎士になるのに種族とかは関係したりするのか?」と聞いた。
「んん?ああ、まるっきり無いって言えば嘘になるだろうな。ERUNIAにも純潔な貴族は少なくないとは言え存在する。ま、そう言った奴らは種族どうのじゃなくて、同じ人間でも外部からの血筋が嫌だったりするからな。」
マールは続ける。
「しかし、この国の王、アルド王は違う。人間どころか、種族の壁すら越えた国作りを目指す方だ。血筋より、民を重んじる。一説には1000年前の悪夢の引き金となったERUNIAは、全ての国への謝罪の念から、こうした国作りにつながってる。と言うことだ。だけど、ERUNIAの貴族らは当然面白いはずがなく、王様は反感を買っているらしいが…。王様自体が聖騎士王の異名を取る英雄で、人間離れした腕の持ち主だ。一度決めたら頑固な面を持ってる。だから面と向かって文句言える奴なんかいやしない。言えるとすれば王女のシンシア様か王子のマルス様位だろうな。特に、あの人、シンシア様には弱いからな」
「や、やけに詳しいね」バーンが言うと、
「ま、まぁこの辺じゃ有名な話だ。ま、そんな訳でアルド王の目に留まれりさえすれば、種族なんかは関係ないって事だ」とマールが答えた。
「それより…。お前、さっきので勝ちだ。とか思ってないだろうな。お前がまさかあんなに出来るとは思わないで油断しただけだ。次はこうはいかないぜ。…でも、中々やるよな」
そう、バーンは先の1対1の格闘試験で、マールに勝利を収めたのである。
正直、誰の目にも1歩抜き出ているマールに対して、一本とれたのは、自分が通用する以上の手応えと、自信を与えてくれた。
もちろん、騎士になる為には1対1ばかりが強いだけではどうしようもない。
現場での判断力や迅速な行動。ましてや魔力を使える者などはサポートとしての役割もある。
魔法の使えないバーンにとっては1対1の戦いはやはり譲れないものであったし、騎士として剣が強い。というのはやはりアドバンテージといえた。
それを証拠に、試験を受けに来ていた者たちはバーンを「坊主」「小僧」と呼ぶのをやめていた。

試験も中盤になると、自分が見えて来ていた。
弓は狩で使い慣れていたが、他の武器への対応、魔術に対する面では明らかに劣っていた。
しかし、格闘試験は1対1。気がつけばバーンはトップクラスに入っていた。

 

 

「お強いのですね」突然声をかけられた。
「お、おい、シンシア姫様だぞ」小声で話すマールはなぜか逃げるようにその場から離れて行った。
「あ、ありがとうございます」緊張気味に答えるバーン。優しく微笑む少女は王族のオーラを纏いながらも、同じ歳ごろの女の子のかわいらしさも持ち合わせていた。
「はい、村では16歳は成人でして…」
あさっての方向から話しは始まり、しばらく談笑していると、シンシア姫の付き人が「そろそろお時間です」とさらうようにシンシア姫様を向こうへと連れて行ってしまった。

「シンシア様、いい方だろ」いつの間にか戻っていたマールが後ろから声をかけた。
「ああ、酒場のラミアもかわいいけど、さすが王族のシンシア姫様。どうしよう、困ったな」
「おいおい、声をかけられたぐらいで勝手に困ってんじゃねーよ。大体、その姫様は今は亡き女王様よりハイプリーストの位を受け継いでいるんだぞ。一生かけてもハイプリーストになれない奴もいるというのに。…って聞いてねぇのかよ」
バーンはうわの空と言った感じで中空を眺めていた。先が思いやられる。マールはため息を一つ落とした。

試験は最終日を迎える。
様々な試験の総合評価とこの最終日のトーナメント戦の結果で騎士資格は与えられた。もちろん常にトップクラスの戦闘能力を見せていたバーンは見事合格となった。

 

 

その日の夜は試験合格者たちを集め、ERUNIA城で祝賀の宴が模様されることとなった。

「おい、マール新人に負けたんだってな」一人の女が声をかけてきた。祝賀パーティということで皆正装であった。王宮の騎士は皆なんとなくわかった。
「バーン君だな。騎士長のエオウィン・オルレアンだ。確かにマールは1対1は得意ではないが、それでも打ち負かすとは大したものだ」
 あれで苦手?疑問に思いながらも2人の関係も気になった。
「よろしくお願いします。…ところで、騎士長はマールと知り合いのようですが」
「知り合いもなにも、マールはこの国の騎士だ」
「ええ?」驚いた。だが、彼の腕と言動を考えれば不思議でもなかった。
「いいんだよ」マールがふてくされていった。「こうして良い新人とも手合わせできたし、それにローグとしては1対1になった時点で負けなんだからな」
 ローグ。何かの文献で見たことがある。盗賊以上に隠密行動に特化し、気配を感じ取られることも無く目的を達成するという。戦闘力も高く、毒や罠の知識にも優れ、アサシンとしての顔もあるあという。ローグとなるには類希なスキルが必要とされるらしい…が。
「まっ、お前はここではアーチャーだけどな」エオウィンがカラカラと笑う。

 

「騎士試験を合格した諸君。真に大儀であった」
 壇上から声が降りてきた。ERUNIAの王、アルド・D・ヴァリスの話が始まった。
 ねぎらいの言葉と言い回しは、王としての威厳と人柄の良さを感じさせた。
 人の上に立つ人間には、人を高揚させたり、納得させたりする声の持ち主がいるという。
 アルド王は騎士としての技術だけではなく、人の心に呼びかけるような声と言葉を持っていた。
「騎士になった以上、私にその命を預け…」
 どこかに妖精のピクシーがきて、魅了の魔法でもかけたのであろうか。
 たった数分の演説であったが、この王は民のために命をかけられ、そして自分たちはその王のために命をかけられる。本気でそんな気持ちにさせられた。

 演説が終わると、みたこともない料理が並び、酒が並んだ。今日は無礼講だと、一緒に合格した仲間たちは酒の飲めないバーンに酒を進め、浴びせ、浮かれた。
 しばらくすると、自分たちの席にわざわざアルド王本人が訪ねてきた。空気は一気に張り詰めた。王は「そう緊張するな」とばかりに軽く手をあげ、微笑んだ。
「バーン君だったな。お前のように若くセンスのあるものがわが国の騎士になってくれたのは大変心強いことだ」
「ありがとうございます」バーンは合格後に教えられた「ERUNIA騎士の敬礼」をしてみたが、どことなくぎこちなく、ある角度からはこっけいに見えた。一緒に飲んでいた仲間たちは思わず噴出したが、アルド王は微笑みをたたえたままであった。
「無理をする必要はない。他国の王にならば礼もつくさねばならんが、私に対してはかまわんよ。気持ちだけ持っていてくれれば十分だ。それは今受け取った」
 懐の深さ、器の大きさを感じたバーンは逆に緊張した。
「今度、私と剣の稽古をしよう」
「おいおい」マールが横から口を挟んだ。「王からじきじきに稽古の誘いなんて、…新人じゃ初めてだぞ」
 マールの驚きようにさらに驚いたバーンは「冗談ですよね」と切り返すだけがやっとだった。
 アルド王は「聖騎士王」の二つ名を持っている。そんな人物と手合わせが出来る。緊張は次第に興奮へと切り替わっていった。
 
 王の気さくな人柄も手伝い、バーンは約束を思い出して気兼ねなしにペンダントを取り出し王に差し出した。「王様、これを渡してくれと頼まれました」
 刹那、ペンダントは激しく発光した。
 その光は全ての物体を飲み込み、やがて世界を包み込んだのであった。

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