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■ 第2章


 バーンは夢を見ていた。
 それは島での懐かしい出来事。
 その夢を通り抜けるように女性の声が遠くから響いてきた。

 バーンは意識をとりもどした。
 立ち上る黒煙。響き渡る奇声や打撃音。視界いっぱいに広がる少女の顔も少し煤けていた。「シンシア様」当たりを警戒しながらシンシアの後ろから声をかけたのは先ほど会った騎士長のエオウィンだった。


「歩けますか?」癒しの呪文の詠唱を終えてシンシアから問いかけられ、バーンは初めて自分がダメージをうけていたことに気付いた。
 立ち上がろうとしたが体に力が入らなかった。記憶の糸をたぐりよせようとしたが、朦朧とする意識はコントロールできなかった。しばらく逡巡していると、バーンの体がふっ、と息を吹きかけられたように軽く宙に浮いた。
「大丈夫か」バーンの体を片手で担ぎ上げたエオウィンは崩れていない建物を見つけた。
「姫様、まだ魔物がいるかもしれません。一旦、あの図書館のほうへ」
『魔物』その言葉の真意を理解する間もなく、バーンは図書館へと担ぎ込まれた。

「ここはまだ持ちそうだな」エオウィンは建物内部をい見回すと、バーンを床に降ろした。
 王都の図書館は魔法の研究所も兼ねていた。3階建ての横に長い建造物で、魔法の実験も行う為、城と同程度の強固さを持っていた。
「もう少しで完全に回復します」気がつけばシンシアが傍らで再び魔法の詠唱を行っていた。


「だれだ」エオウィンがあらぬ方向に剣を向けた。バーンには何が起こったか理解できなかった。しばらくすると、物陰から一人の男が姿を見せた。顔はフードをかぶっているせいでわからない。
「研究者か」エオウィンは興味をそがれたかのように言った。バーンは回復してきた意識の中でフードの男をじっと見つめた。あの男…たしかどこかで…。

 シンシアは傷の手当を終えると、バーンの記憶の溝を埋めるように今までのことを話してくれた。突然、光の魔法陣が現れたこと。その魔法陣を押し広げるように多数の魔物が噴出してきたこと。そして騎士団の半数が失われたことを。
 言葉の合間を縫い、切っ先がバーンの眼前に突きつけられた。何が起こっているのか理解する前にそれを自分に向けているエオウィンの顔が見えた。大人ほどの背丈がある大剣クレイモア。その威圧感はエオウィンの殺気と重なり、バーンを戦慄させた。
「その胸の紋章はなんだ」エオウィンは静かに、しかしはっきりとした声で問いかけた。「それは魔物を召喚した魔法陣と同じ物。貴様、まさか…」
 いわれてバーンは自分の胸を触った。気がつけばその胸には魔法陣らしきレリーフが刻み込まれていた。
「…まさか、こんなことになるとは」
 答えたのはバーンではなく、フードの男だった。

 男がフードをとって顔を見せたことでバーンは確信した。「俺にペンダントを渡した人だ」その言葉にエオウィンの殺気はフードの男にも向けられたが、切っ先はまだバーンを捉えていた。
 男の名前はレニウス・J・サルマンと言った。魔法研究者の一人で、王立図書館のの司書でもあると言った。
 レニウスは語った。ERUNIAはマナの産出も多く、魔法を研究するには最適な環境である。1000年前の失敗があるとはいえ、魔法技術はすてるのには惜しい技術だと。
「アルド王は言われた。『唱える者の力量で左右される魔法よりも、法則さえつかめば貧富も人種も関係なく使える科学が重要だ』と。民の為。それはわかる。だが魔法技術はERUNIAの誇り。魔法技術があったからこそ今の科学があるのじゃ。館長はそのことを王に伝え、王に魔法の重要性を説こうと、『召喚術』の研究に没頭されたのじゃ。そして必然的に部下であるワシもその研究に参加した。そして召喚術を完成させる為の道具が必要であるという事実に突き当たり、ワシはそれを求めた旅に出たのじゃ」
「なぜ俺に託した」食って掛かりたかったが、切っ先に邪魔されて動けなかった。レニウスは袖をまくり、腕を見せた。その腕には幾何学模様の刺青があった。
「罪人か。無理もない」エオウィンが言った。
「すでに、罰せられていたのですね」シンシアが続けた。
「ああ。魔法、特に召喚術の研究はERUNIAでは禁忌じゃ。研究を他の研究者に密告されたワシは罪人としてこの国を追われた。しかし、館長はあのペンダントを持って召喚術を完成させれば、王も魔法の重要性を認識され、きっと恩赦を下さると。わしは、わしは…騙されたのじゃ」
 レニウスは頭を抱えた。と建物全体がゆさぶられた。その振幅はあまりに激しく、バーンたちは一応に皆体勢を崩した。

 異常事態に外に出た。そこにはこの3階立ての王立図書館に比肩するほど大きな魔物と、それに応戦するアルド王の姿があった。
 その魔物は爬虫類を思わせる顔を持ち、ほかに長い首の頭が2つついていた。人知をこえた異形、異能に対し、アルド王は傷つきながらも互角以上の戦いを繰り広げていた。
「ま、魔王じゃ」叫んだのはレニウスだった。図書館で読んだ書物にのっていたといった。
 魔物はアルド王の攻撃を受けていたが、その傷はすぐに塞がった。薄気味の悪い笑顔を作りながら、両手の平に魔法陣を展開させ、建物を揺さぶった。アルド王の剣撃に多少はひるむものの、このままでは建物がもたないことは火を見るより明らかだった。
「いけるか」マールがきいた。それは、協力はほしいが、見習い騎士のバーンには荷が重いと思われたからだ。バーンは震えた。1対1の戦いには自信があった。だが、それは人間か動物相手のそれも「喧嘩」ていどのことであった。魔物との、それも『殺し合い』は初めてだった。
 ハンナの顔が浮かんだ。ハンナはよく女の子は守るものだと言っていた。剣を握る拳に力を込めた。ここで逃げたら母親に顔向けできない。バーンは魔物の顔を見上げながら一つはっきりと頷いた。

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